【作品紹介】浮世絵・江戸絵画と動物3ー猪ー


不詳「摩利支天図」

板絵着彩、66.3×33.0cm

 

 2019年も穏やかに幕を開けました。本年も何卒よろしくお願い申し上げます。
 前回は可愛らしい犬の描かれた作品をご紹介しましたが、今回は今年の干支である、力強い猪を描いた作品をご紹介します。
 本作品は板に着彩されたものですが、作者は不詳で、恐らく寺院や神社といった信仰の場のために作られたものと考えられます。描かれているのは仏教の護法神の一柱、摩利支天です。摩利支天は陽炎を神格化したもので、陽炎のように実体がないために捕らえることも、傷つけることもできません。このような性質から、特に戦国時代の武士の間で信仰の対象となり、戦の際は勝利の御守りとして鎧の中に入れられていたといいます。また、楠木正成や毛利元就、前田利家といった人物が熱心に信仰していたことでも知られています。
 元々は女神とされ、三面六臂(三つの顔と六本の腕を持つ)の姿で表されることが多い神ですが、男神や三面八臂の場合もあるようです。本図では手にそれぞれ戦いと関わりの深い刀、弓矢、槍、軍配を持っています。また、本図の上部に描かれている雲の上に浮かぶ黄と赤の球体は、恐らく月と太陽を表しているのでしょう。摩利支天は常に天日、月日の先を進み、自在の通力を持つ神とされてきました。つまり大変に素早い神であるわけですが、そんな性格に応えるように神使と位置づけられたのが、猪でした。
 ご存知猪は「猪突猛進」、目指したものに向かって猛烈な勢いで進みます。その様子は、何者にも害されることなく常に陽の光の先を疾行する摩利支天の使いにぴったりです。本図の猪も猛々しい表情で、大きな体からエネルギーと疾走感が溢れています。また白い猪は縁起のいい、あるいは神聖な動物として古くより考えられてきました。『古事記』には大和武尊の前に大きな白い猪が山の神として登場しますが、これは動物が神使として描かれた最も古い例の一つであるそうです。人は猪の荒々しさを恐れつつも、その勇猛さにどこか惹かれるものがあったのでしょう。
 新たな一年、猛烈で一心不乱な猪の力にあやかろうとこっそり作品を眺めています。